プロフィール
染谷マサトシ
4年生大学卒業後、就職情報関連企業に就職。
新卒採用ツール(就職情報誌、ダイレクトメール、ウェブサイト等)の営業活動および
制作業務を行う傍ら、担当企業の人事担当と協力し、
採用コンセプトや採用スケジュールの構築から、面接マニュアルの作成まで、
採用に関わる全般的な業務をおこなう。
4年間勤務するも、会社の経営不振のため退職し
自分の顧客であった自動車関連企業の採用担当として転職。
誘い言葉は、「求人広告売ってるんだから、採用ぐらいできるでしょ(はぁと)」。
「できねーよ・・・(-"-;A 」と思いつつも、気付いたら配属初日から面接させられてました。
当時、社員数600人程の店頭公開(現:ジャスダック)企業であったが、
働いていた4年間で社員数1800人の東証一部上場企業に成長。
この間に新卒・中途採用を合わせて17000〜18000人の面接を日本全国でおこなう。
「月曜日:博多⇒火曜日:広島⇒水・木曜日:大阪⇒金曜日:名古屋⇒土曜日:小田原」といった
笑うしかない全国面接行脚をしながら、求人広告の発注や校正を行うスケジュールを消化し、
採用業務以外にも、営業担当(1000人超)の数値管理&歩合計算等をおこなうなど
よくぞまぁ生きていたなぁと思うくらいのハードな日々を送る。
この時は若さもあってか、よく会社に泊まったり一番働いていた時期かもしれません。
会社の雰囲気や仕事自体は嫌いではなかったが、離職率の高さにおいて経営陣と意見が合わず退職。
人材紹介会社を活用し、不動産関連企業の人事担当として転職。
入社当時、社員数350人程の未上場企業であったが、
2年間の人事担当期間で社員数が600人を超す。(会社も一部上場企業になる。)
この2年間で新卒・中途の面接を約2000〜3000人おこない、めでたく(?)面接人数20000人突破。
※注:正確に数えたわけではないので、ざっくり20000人ぐらいと思っていただければ(笑)
その後、営業管理部門、金融・ファンド部門にて仕事をするも、
サブプライムローン、リーマンショックの直撃で会社が経営不振に・・・( ̄Д ̄;) ガーン
これを機に退職し、以後フリーの立場でウェブサイトを通じての情報提供をおこなう。
・・・と、長々と書きましたが、
基本的にフツーのおいしいもの大好き兄さんです。
どうやれば楽になるか(サボれるか)という事を考えながら仕事をしているはずなのに、
なぜかいろんなことに巻き込まれて、面倒事を背負い込むことが多かったです。
まぁ、今考えると色々といい経験をさせてもらったと
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